Happiness only real when it shared 「この気持ちを共有できたのがうれしい!」と言ってもらえたことが嬉しい!
ブログ更新に大分時間差が出てきてしまっている…!
年内にはリアルタイムに追いつきたいな。。。
12/12-13-14
二泊三日である地域に行ってきました。
実はその地域こそ、私のミャンマー行きを決めた地域なのです。
話は遡ってチェンマイ、SLOW HOUSE。
「ミャンマーの奥地に、顔に刺青を入れた部族が住んでるらしい」
そう教えてくれたKENさん。
話を聞くと、KENさんの友人がここ1、2年にその部族に存在を知りミャンマーへの再訪を望んでいたとか。
あまりにも情報が少ないため、村へ行ける保証もその部族に会える保証もないんだけど、興味があれば一緒にどうかと誘って下さり、、、
ミャンマービザ取得に至る…!
なんか、ロマンがあるじゃないですか!
てゆーか、私そんな急にJOINして大丈夫なんでしょうか?
ご友人に承諾得なくて大丈夫ですか!??
(JOINっていうとなんか表現がややごまかせるのは気のせい?w)
「大丈夫!俺たちのGAKU!!だから!!!!」
はい、GAKUさんの事前情報以上〜!
なんとなーく、恰幅の良い方を想像。石ちゃんみたいな。。。
バガンについた日の夜、無事にKENさんとGAKUさんと合流!
。。。
全然巨漢じゃなかたーーーー!wwww
なんかもう本当に爽やかでダンディでビジュアルイメージは180度違ってました!w
わーお!お2人とも本当に素敵な大人😭
そして12日の早朝に、ガイドさんを加えた4人でしゅっぱーつ!
1日目は移動のみ。次の日の朝から村散策に。
村には顔に刺青をいれたチン族と呼ばれる部族の女性が生活しています。
といっても見かけたのは10人くらいだったでしょうか。
昔々、隣国の侵攻によって女性が誘拐されるのを防ぐため、
「醜い」顔にするためにこの風習が生まれたそうです。
それが時代とともに美の象徴となっていったそうですが、顔に刺青をいれる際に亡くなる人もいたそうで、現在はミャンマー政府より正式に禁止をされています。そのため、 刺青をいれている女性は皆高齢。
そして、チン族で一番高齢のおばあさんの家に連れて行ってもらうことができました。
民族衣装に着替えて光の差し込む場所に座って私たちを出迎えてくれた表情は心なしか険しく感じました。
どうにか緊張を解いて笑顔の写真を納めたく、3人で必死のコミュニケーション。
その甲斐があり、和やかな雰囲気を作ることができました。
そして!GAKUさんのすごく楽しそうな顔がとっても素敵で、夢が叶う時のエネルギーって、周りの人も嬉しくさせるパワーがあるんだということがわかりました。
う〜ん!2人ともとっても素敵な笑顔!!
おばあちゃんと別れた後に、名前を聞かなかったことに気づきました。
そして、名乗ってもないことに。
自分の中ですごくモヤモヤするものが残りました。
普段写真を撮らせてもらう時、名前を聞かないことはよくあるし、旅中の行きずりの出会いだって全員に名前を聞いているわけじゃない。だけど、この時ばかりはどうしてか、おばあちゃんの名前を聞かなかったことをすごく後悔しました。
なんでだろう〜?って考えると、
自分がおばあちゃんを「顔に刺青がはいった珍しい人」としか見てなかったからだという結論に至りました。
人との繋がりを重視してきたつもりが、完全に表面的なもにしか目がいっていなかったなと。。。
鼻笛の演奏を見せてくれて、
一緒に写真をとってくれて、一緒に笑い合えたことで、
おばあちゃんは私にとって「顔に刺青がはいった珍しい人」ではなくて、この村で生まれ育った一人のおばあちゃんとして、この人のことをもっと知りたいという感情が生まれました。
本当はもっと聞いてみたい。
今までどんな人生を歩んできたのか。
この村はどんな場所だったのか。
こうして写真を撮られることについてどう感じているのか。。。
あとからガイドさんに名前を調べてもらいました!
おばあちゃんの名前は、「Htwe Htein」さん。
やっぱり名前を聞くと、不思議と親近感が増すんだよな〜!
宿に戻って3人で色々話してる時、私のノートにこんな素敵な絵をプレゼントしてくれたのは、顔出しNGのKENさん^^本当に本当に嬉しかった!
素敵な絵でしょ〜❤️
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この村の訪問以来、自分の中にもやもやした気持ちがあることに気づいていた。
この村の存在を多くの人に知って欲しいような、知って欲しくないような。。。
完全に私のエゴなのだけど、言葉にするならば、この土地や人々に敬意を持てない来訪者がいてほしくないということ。
それは、この土地と人々が観光地化されることで変わって欲しくないという気持ちと、GAKUさんの夢が叶う瞬間を見たことで、私にとってもここがとても神聖な場所であるような気がしたから。
そんなことを考えながらハッとした。
じゃあ私は訪れる場所場所に敬意を示せていただろうか、そこへ住む人々がその場所にどんな想いをもっているかに関心を持てていただろうか。
そもそも敬意を示すって?
あくまで私個人の考えだけど、その場所の意味や背景を知り、それに相応しい行動をすることかな。
場所の意味や背景を全て知ることは難しいし、外観の美しさを楽しむだけでももちろんありだと思ってる。だけど例えば、戦没者の碑の前で大笑いをしたりだとか、そういうことはしたくないし、して欲しくない。
観光地に行くと、やっぱりはしゃぐし面白いことをしたくなる。
だけどそこは、誰かにとって特別な場所であるかもしれないということは、忘れてはいけないということに気づかせてもらった。
いつもついつい調子に乗って忘れがちな私だけど、その土地への敬意や感謝を持って、その場所を訪れられる人間になりたいと思った。
インパラの朝という、世界旅行の本がある。
私は読んだことはないのだけれど、その中の一説にこんな言葉があることを、これまた旅で出会った人がFacebookでシェアしていた。
「旅は先進国の金持ち道楽以外の何でもない」
その言葉を目にしてから、なんとなくいつも頭の片隅にある。
そうかもしれない、というか、正にそうだ。
電気もガスも水道もない中で暮らす人々の生活を見て、
私の心は満たされている。素朴な、田舎暮らしの風景に胸のときめきは抑えられない。
だけど、彼らだって便利な暮らしを知れば絶対にそれを求めるだろう。
重い水を担いで丘を登ることも、
蒔きで焼べることも、
月明かりを頼りに本を読むことも、
しなくていいのだから。
変わって欲しくないと願うことは、
不自由な生活を継続してほしいと思っていることとイコールなのだろうか。
そもそもそれを不便だと思うこと自体、”先進国”で生まれ育った私の傲慢さからくるものではないだろうか。
そんな葛藤を打ち明けると、
「変わってほしくないと思うことはエゴだね。でも絶対変わってしまうのだから、あなたの見た”今の姿”を写真におさめるんじゃない?」
あー。
そっか。
私のエゴとか思いとか関係なく、みんな変わっていくんだよね。
私が旅する中で見た景色も、出会った人も常に変化するだろう。
そう、顔に刺青を入れることはミャンマー国内で正式に禁止されている。
あと数十年もすれば、その姿は世界から消えてしまうのだ。
人の表情だって、その一瞬を私に向けてくれているものなんだから、
きっと私の写真は私にしか撮れないんだと。
カメラを習い始めてからずっと疑問だった、「その人にしか撮れない写真」の答えに少しだけ近づいた気がするのと同時に、私らしさに前向きに気づかせてくれたのも、旅の出会いでのこと。
これからも旅する中で生まれてくる葛藤や問いに正解はないだろうけど、
私なりの回答は持っておきたいと思う。
こうやって、色んな人と出会い、色んなものを目にして、それを共有できることが何よりも幸せだな〜って思う。
「Happiness only real when it shared」
昔出会った素敵な言葉を思い出す旅となりました^^
最後に、おばあちゃんにツッコミを入れられた奇跡の一枚❤️笑
「なんでやねん!」って聞こえました?笑